{ブログの中のナビゲタ}世の中には理屈よりも感性の方が重要な分野もありますね。例えば芸術の分野がそれに該当するでしょう。どちらかというと数理的で理論一点張りと思われるAIは、このような感性の分野で出番はあるのでしょうか。もし感性の領域でAIに何らかの働きがあるとしたら、それは人間社会にどのような変化をもたらすのでしょうか。
1.感性の世界とは
そもそも「感性」とは何かということになると、これまた哲学、心理学などでさまざまな定義が行われているが、そこら辺のことはここでは深入りをするのはやめておこう。簡単に言うと、好とか嫌、綺麗とか醜いなどの印象を無意識的、直感的に知覚する能力ということになろうか。
第12章で検討した俳句も感性の世界と言えるし、また俳句のような韻文だけでなく、散文も全てではないとしても感性の世界と見なしてよいジャンルもある。
しかし俳句については前章で取り上げたし、散文についても別の章で取り上げることにするので、本章では文芸は対象外としよう。ここでは音楽・美術といったような、視覚や聴覚で感受して、この知覚能力に訴える分野を中心にして、さらに味覚で感受するものも含めて考えることにしよう。
2.感性の領域にAIが侵入してくる?
御曽崎は絵画を鑑賞したり、音楽を聴くのは好きなほうだ。扶養家族がいるサラリーマンである御曽崎にとって、一時の安息を求めたり、現実から逃避してロマンを追いかけたりするためでもある。しかしながら仕事に多忙を極める彼にとって、そのための時間はそうたくさんはとれない。
そんな貴重な感性の領域に浸る一時にさえ、AIという科学の申し子のような存在が入り込んでくるのは、いささかいかがなものかと思っている。少し大げさに言うと、奥深く微妙で、容易に計り知ることのできない幽玄の世界に、AIなんか無縁であっていて欲しい、とさえ思っている。
御曽崎はこのような感性に訴える分野では、思考力、創造力、理解力などが重要な役割を果たすと考えている。それに対して「現在のAIは人間と比べて、これらの応用的な力(思考力、創造力、理解力など)を発揮できるのはかなり限られた範囲になる」と言う意見もある。そうなると、そもそもAIは能力的に感性の世界では出番があまりなく、感性の領域でAIのことを考える意義もあまりないのではとさえ思っている。さらに専門家の中でも、AIには芸術作品を作ることはできない、あるいは芸術の分野はAIの最も不得手な分野であるという、切り捨てるような意見さえある。
しかし一方では、その感性の世界でもAIの利用が始まっていることを示すようなニュースも散見される。特に最近、巧みに文章や画像をつくり出す生成AIなるものが注目されるようになってきた。そうなると、御曽崎にもいよいよ感性の世界にもAIが足を踏み入れるようになってきたのか、もしそうだとしたらどのようなところに入り込んできたのか、あるいはその範囲は限られているのか、そうだとしたらなぜなのかなど、いろいろ考えて見る価値はありそうにも思えてきた。
{ブログの中のナビゲタ}前置き的な話はこの程度として、具体的な内容に移っていきましょう。
3.美術の世界におけるAI活用の現状
美術の世界では、すでにAIがかなり驚くような作品を制作するようになっている。凡庸な作品どころか秀作と言ってもよいのではないかと思われる作品も出現している。ここでも何をもって「秀作」と言うかは議論を呼ぶところであるが、とにかく2,3の例を見てみよう。
一つには、AIは人物や風景を現実そっくりな絵画として生成できる。それは別にAIでなくても、写真でできると考えるかもしれないが、AIの場合は実在しない人物や風景も極めて写実的に生成できるし、それぞれ実在するが実際にはありえない組み合わせなども生成できる。例えばモナリザが富士山をバックに自撮りをしているといった絵のように。このような実物ではないものを似せて作成するAIによる画像合成技術を「ディープフェイク(deep fake) 」という。
あまりに実物そっくりに生成できるので、容易にフェイク画像だと見分けられないことが多く、また静止画像だけでなく動画もできるので、その応用範囲は広い。オランダのプロジェクトがこの技術を利用して、レンブラントの作品とは異なるが、いかにもレンブラントらしい作品を作成して発表した。AIはたくさんのレンブラントの作品を学習し、かの独特な光と影の使い方だけでなく、作品の表面の質感まで見事に表現した。
この作品を秀作と認めるか否かは別として、これを世界的な美術館に飾っても、かなり丹念に調査をしなければフェイクであると見破られることはなさそうである。これまでもレンブラント(らしい)作品は真贋が議論されることが多かったが、それはレンブラントは弟子たちが油彩の描き方を学ぶため、自分の作品を丁寧に模写することを勧めたのが大きな理由と言われる。もしそうだとしたら、AIは最早レンブラントの一番弟子のレベルの作品を描けるということになる。
このような本物そっくりなフェイクではなく、AIが独自に作成した全く新しい絵画が、ニューヨークのオークションにおいて数千万円で落札された、というニュースもある。また、AIによって生成された抽象画が自動で表示され、下にスクロールしていくと新しい絵が次々と表示されるサイトもある。これは抽象画なので「どこからどこまでが芸術か」という議論もありうるが、それはさておき、誰でも「いいな」と思った作品があれば保存したり、貼ったりすることができる。
人間が絵画を描く支援をするAIもいろいろある。その一つに、モノクロで描いたスケッチを適当に彩色してくれるAIとうたっているものがある。AIを利用しているならば、おそらく例えば遠景の山の輪郭のように不完全に囲まれた部分を認識することや、スケッチで描かれた環境を、白昼の野原とか夜間の室内といったように認識して、それにあった色の組み合わせを選ぶというようなことができるのではないかと想像する。同様に、モノクロで描いた線画を、あざやかな色彩画に加工してくれるAIがある。子供の玩具にできるような安価な塗り絵ソフトも多種販売されているが、AI利用のものは、簡単な操作で、各種のバリエーションの彩色をすることができる。これらはプロのイラストレータの支援をすることもできるだろう。
{ブログの中のナビゲタ}ところで、ディープフェイクという言葉は、ポルノや政治的な利用、あるいは虚偽報道や悪意のあるでっち上げを作成するなど悪用されることが多いため、あまり良い印象を持たない方が多いのではないでしょうか。このディープフェイクについては、いずれ「AIに対する不安と期待」といったようなタイトルで取り上げようと思っていますが、その技術については、「専門解説コラム:ディープフェイクを作る技術」で簡単に紹介しておきましょう。
人間に近づくAI画家
人間が絵を描くとき本物を目の前にして写生をすることは多い。しかし言うまでもなく絵画の全てが写生というわけではない。思い出や自分の気持ちを描くこともある。そのようなとき、人はまず「このような絵を描いてみよう」と頭の中で描く。
画像生成AIは既に数多く開発されており、頭の中でこのような画像を描きたいと思い浮かべ、それを言葉で指示すれば、様々なタッチで描いてくれるAIも開発されている。例えば「カタツムリのようなハープ」という思いも寄らぬ指示で描いた絵を見たことがあるが、それはカタツムリの殻の部分がハープのような形をしたものであった。このAIが使える言葉は英語だけであったが、英文とそれに関わる画像やイラストのペア約2億5000万例を学んでいるそうだ。
そこでは、まず事前に画像をパズルのように分割し、ピース同士や指定の短文との相関を覚える。実際に描く時は、言葉から画像を連想する法則性を見つけた上で、文章を書くようにピースをつなげて、バランスを考えながら全体像を組み立てて1枚の画像を作るそうである。従ってこれは、言葉に対応するAIと画像に対応するAIの、二つのAIの協同作業であると言える。
日本語でも同様な機能を使えるAIも開発され、言葉でイメージを伝えると、連想するアートを作る技術は何種類かが存在する。その一つに、次のようなものがある。それはまず人間の言葉から画像を作り出す機能を持つAIに案を作らせる。それとは別に、千万の単位の日本語と画像のペアを学ばせ、日本語と画像の類似度を判定できるようにしたAIにその案を評価させ、類似度が高いかを判定させる。このようにして、類似度が高まるように画像生成を数百回繰り返すことで、言葉の内容に合ったアートを作り出すのである。
言葉で表現されたものを絵にする。これはもうAI画家といってもいいかもしれないが、AI画家による独創的な作品が、例えば後期印象派の有名な画家と肩を並べるまでいくにはまだ道は遠いような気もする。しかしながら、次にでてくるデザインの世界のように、ある特定な領域内だけで活躍するならば実力をあげやすそうである。AIを設計(デザイン)する人ではなく、デザインをするAIという意味の「AIデザイナー」が名を成すような日が来るのはそう遠くないのではなかろうか。
言葉で表現されたものを絵にしてくれるわけであるから、このようなプロの道だけでなく、例えばビジネスマンが文字だけでは伝わりにくい内容を、絵や図を使って分かりやすく説明するプレゼン資料作成の支援などにも応用できる。
5.デザインの世界でも
美術の中の一つの領域にデザインがある。デザインというと、小はキャンディの包みから、大は高層ビルあるいはさらに巨大な都市のデザインなど大きさだけでも各種ある。そのほか内容の点から、きわめて機械的なものから形態に現れないものを対象にしたものなど、これもまた各種ある。前者ではICチップの中の回路デザイン、後者ではキャリアデザインなどがあげられる。ここでは、感性とビジネスが大きく関係するパッケージデザインのことを取り上げて、そこでのAIの役割について考えていくことにしよう。
まだ試験運用の段階ではあったが、飲料包装をデザインするAIのことが発表されたことがある。包装デザインの受けの良さは売り上げを左右する。インターネットなどに投稿された画像の類は世の中のトレンドを反映していると考え、このシステムではネット上の画像を数多く読み込み、そこに「夏」「朝」「さわやか」など画像に関連する用語をタグ付けしてある。
例えば暑い時に涼しさを求めて飲むお茶というコンセプトの商品用に、「夏」「お茶」「清涼感」というキーワードを選ぶ。するとこれらのタグ付け画像を利用して、システムがそのお茶のボトル用のデザイン案を自動生成し提示してくる。先に紹介した「言葉で表現されたものを絵にするAI」の一種とも言える。
このデザイン案を社外のクリエイター300人が評価することになっているそうだ。AIを利用することによって、既成概念にとらわれる人間とは異なった、これまでの商品や企業のイメージを変え得るような独創的なデザインも候補にすることを目指している。飲料包装からより広く、食品パッケージへ活用することも視野に入れて開発している。このようにパッケージデザインの領域は、すでに感性の世界でAIがビジネス面で活躍している代表的な例といえるだろう。
同士あるいは人間とAIのコラボ
このパッケージデザインシステムの場合、生成したデザインがどの程度消費者の感性に訴えるであろうかの評価を、人間だけではなくAIも行う。実はここでも、デザインの生成用と評価用の2種のAIを活用しているのである。
まず商品をイメージした言葉をもとに「生成AI」が何種類ものデザインを作るのであるが、その中から「評価AI」が高い評価を出したものを選別する。AI同士のコラボと言えよう。この二つのAIは共に、先ほど説明したデザイナー300人が優れていると評価したデザインを学習する。デザイナーの評価結果をディープラーニングで繰り返し学習させ、生成の質と評価の精度を高めていくのである。
その点からはAIと(人間)デザイナーとのコラボと言えるが、このような例は同様にデザインがビジネスの成果に大きな影響を及ぼすファッション業界でも見られる。例えば、顧客にあらかじめ服の好みやライフスタイル、体形など70項目に及ぶアンケートを実施して、その結果に基づき、AIとプロのスタイリストが顧客に合いそうな商品を選んで送付する。顧客は手元に届いた商品から気に入ったものだけを購入し、残りは返品できる女性向けファッション電子商取引サービスがある。
ここではAIを利用するのは、スタイリストが行う商品選定作業を効率化するためである。ブランドが異なる大量の商品から、顧客データに基づいて1点ずつ選ぶのは時間も手間もかかる作業だが、AIは全商品の中から客観的に商品候補をある程度の数に絞り込んでくれる。最終的に商品を選ぶのはスタイリストで、コーディネートや体形などの悩みに寄り添い、顧客データでは表現できないような気持ちにも応えていく。従って、この場合は人間よりも客観的に判断できるAIの力と、顧客の感性に寄り添うことができる人間の力のコラボと言えるであろう。
人間がデジタル作業を行うのを支援する「コパイロット」と名付けられたソフトウエアがある。コパイロットとは「副操縦士」の意味で、言うまでもなく主操縦士は人間である。従ってここでは人間が主体で、AIがそれを補助するという形のコラボと言える。AIのコマンド画面を横に呼び出し、対話型で文字入力や音声入力で人に話しかけるように指示して使う。単純作業や繰り返し作業を自動化したり、曖昧なことを確認したり、具体的な案を出したりすることができる。これを使うことで多種のデジタル作品の制作時間を大幅に短縮できる場合が多い。
グラフィックデザイン分野でもこのテクノロジーの活用が多く見られる。デザイナーの作品編集を支援する生成AIモデル群が発表されている。そこでは、先ほど例を示したテキストでの指示に基づく画像の生成のほか、選択した画像部分を周囲に合わせて修正したり、オリジナルの画像にない部分を生成する「画像拡張」などのツールが開発されている。
{ブログの中のナビゲタ}このような人間とAIのコラボは、感性の世界に限らず、今後AIが活躍する一つの大きなモデルと言えそうです。このテーマについては、後に少し深く考えていくことにしましょう。
評価を予測する商用AIも
デザインの段階のみでなく、マーケティングの段階で活用されることを目論んだ、消費者の感性を予測する商用AIサービスさえも既に存在する。パッケージデザイン開発とマーケットリサーチの双方を手掛ける企業が開発したAIはその一例である。
そこでは、この企業がこれまで20年にわたって蓄積してきた数千の商品、数百万人以上の調査データを利用する。このデータを用いて、消費者がパッケージデザインを見たときの好意度の予測値をAIが算出する。ユーザー企業は検証したい画像をこのAIのウェブサイトにアップすると、5段階で予測した好意度の評価スコアを知ることができる。
利用できる商品のカテゴリーが限られてはいるが、操作が簡単なので、デザインを最終決定するまでに、何回も調査して検証することができる。ロゴ、アイコンの位置や大きさなどを微妙に変えたいくつかのパターンで検証を重ねることもできる。ただし、AIの評価は数値のみで、そう判断する理由は示されない。そのため、評価が高いあるいは低い理由を、利用者が自分たちで仮説を立てながら進めることが効率を高めるようだ。
6.音楽の世界におけるAI活用の現状
{ブログの中のナビゲタ}美術の世界では既にAIがビジネスの世界に入り込んでいるような気がしますね。では、聴覚による感性の世界である音楽の領域はどうでしょうか。「やっと音楽にきたか、待っていたぞ」という読者もいらっしゃるのでは。この音楽の世界でも、もうAIの活用が見られるようです。どのような活用でしょう。
アメリカのポップアーティストが、作曲から編集までをすべてAIで手掛けたという音楽アルバムを発売したのをはじめ、音楽の領域では、AIが作曲したメロディーがいくつも発表されている。入力された歌詞に合わせるように楽譜を作るAIもある。
AIが作曲する場合、統計的な操作を利用する方法が代表的なものである。その一つに例えばタンゴとか、デキシーといった一つのジャンルに属する膨大な楽曲のデータから、メロディーやコードがどのように変わるかの確率を学習し、特定のフレーズを奏でたら、次はどのようなフレーズが適しているかといった予測をもとに曲を作り上げるという方法がある。ジャンル別ではなく、有名な音楽家ごとの作品を統計的に分析して、その特徴を利用して新曲をつくるという原理のものもある。
AI活用による作曲の研究はかなり進んでおり、上に挙げた例以外にも、いろいろな作曲の方法が研究されている。なんらかのデータをもとにつくられた小節や音の短いつながりなどを無秩序、ランダムに組み合わせる原始的なものもある。あるいは曲の構造が近い2つの曲をAIが解析しそれらを融合して新しい曲を作り出す、という既存の曲を利用するものもある。一方では、自然言語処理に似た仕組みを利用する、ニューラルネットワークをフルに活用する、マルコフチェーン(Markov chain)といった確率過程に関する数理理論から楽譜を作り出すといった、IT技術や工学に大きく依存するものまであり、百花繚乱である。
{ブログの中のナビゲタ}ここまでくると、感性の世界でこのような技術的あるいは数理的な議論が出てくるとは思わなかった、という方も多いのでは。上の例に挙げたそのような作曲の仕組みの中で、マルコフチェーンについては、ここまでに出てこなかった用語ですね。しかもこれはAIでは時折利用される概念です。多少数学的な説明になるので、専門解説コラムに示します。興味のある方はそちらをどうぞ。
すでに日常生活の中に溶け込んでいる可能性も
IT技術や工学を利用して作曲された作品は、既存の曲などに依存しないで作れるので著作権の問題が発生しないものが多く(発生するものもあるが)、無料アプリなどでも使われている。しかもほとんどの人が、AIが作った曲とは知らず、何の抵抗もなく聞いている。ということは、すでに音楽の領域ではAIが日常生活の中にも入り込んでいることになる。
さらに作曲に興味がある人には、AIによる作曲ツールなるものも出されており、登録さえすればだれでも条件を設定するだけで自分だけの曲を得ることができる。その条件とはテーマ、ジャンル、ムードといった類いである。スマホで音楽を流しながら「これは俺が作った曲なのだ」というようなことが簡単にできる。さらに少し奥に入れば、その曲を自分好みに編曲することさえできる。ダウンロードもでき、たとえば「お誕生日のお祝いに、私の作った曲を贈ります」というようなこともできる。
故人を学んだ音楽
音楽の世界では、先達から学ぶ手法も小説の世界などよりも進んでいる点が多くあるようにも思える。一つの例として、少し前の話ではあるが歌手の美空ひばりとそっくりな歌声や歌い方を再現するAIが開発され、その成果が発表された。このAIは歌声や歌い方のみでなく、顔、容姿、振付けも真似た映像も映し出す。声楽のみでなく化粧、服装、振り付けなどの分野の専門家とAI技術者がタッグを組んで開発したそうだ。したがって聴覚のみでなく、視覚も伴って感性を刺激してくれる。ニュースの中では、感激で涙をながしているファンの姿も写っていた。
{ブログの中のナビゲタ}このニュースはエンターテイメントに関わるものですが、これはAIによって故人を蘇らせようという試みともとれます。それは、やや霊的な側面もあるような気がしませんか。後にそういった方面のことも少し考えて行きたいと思います。これはこれで、楽しみにしておいてください。
7.味覚の領域では
{ブログの中のナビゲタ}ここまで論じてきた美術の世界で働くのは視覚で、音楽の世界では主に聴覚です。そのほか味覚も感性に結びつきますね。味覚に関してAIはどのような役割を果たすようになってきているでしょうか。
味の世界もAI次第?
あるとき御曽崎は新聞の中のコラムに「AIがおいしさを判断」というタイトルがあるのを見つけた。それを見て「えっ、おいしいとかまずいとかは、人間が感じるものであって、なんでそんなことをわざわざAIにしてもらう必要があるのかね。そもそもおいしさなんて人によって異なるのに、それをどうAIが判断できるのだ」と矢継ぎ早に疑問が浮かんだ。しかし中身を読んでみると次のようなことであった。
甘味、酸味、塩味、苦みなどの食べ物の味覚の要素と、それらを醸し出す成分を科学的に分析し、香り、刺激、味の沢山の組み合わせと、それらを実際に食べた時の人間の感じ方を蓄積したデータを基に、AIで分析して「おいしさ」を測るようなことが実用化されてきている。
これもひょっとして自分が食べている加工食品などの開発製造工程で既にお世話になっているかも知れないと御曽崎は思い始めた。「たしかに最近の加工食品は以前のものと比べておいしくなった。これもAIのおかげか」などと一人で合点したが、実体はいかがなのでしょうか。
おいしいものが食べられるとなると嬉しくなるし、実際に食べるのは楽しい。ひどく辛いものや焦げたものを出されたらげっそりする。ある人にとっては好物であるが、別の人にとっては避けたい味もあるというように、味覚は喜怒哀楽の感情や、好き嫌いの感性を醸成する。このような味覚に伴う感性を分析し、その結果を利用するAIも身近に存在する。
現在、インターネットユーザーの検索履歴やウェブ閲覧履歴などから、利用者の嗜好を読み取ることは容易にできる。たとえば、この人は酒が好きだ。洋酒よりも日本酒。それも辛口を好む。一つの銘柄に固執することなく、次々と新しい銘柄を試していくのが好きなようだ、などを読み取ることができる。そのようなデータに基づき、精度の高い広告やコンテンツを表示することによって、企業が高収益を生み出すことを支援するサービスも提供されている。
読み取った個々人の好みに合った製品の広告がポップアップされる。それも買い物サイトを利用しているときに限定されずに、関係のないニュースを見ている時でも現れて、潜在意識を顕在化さえもする。ネット利用者の多くが、そのような経験をしたことがあるだろう。このような傾向に対して「余計なことをする、行き過ぎた商業主義だ」と思う人もいれば、「楽しみを増やしてくれる、簡単に手に入るのがいい」と思う人もいるだろう。
何れにしても、どちらの人にとっても、興味のないものをポップアップしてくるのは辟易するし、まさに気になっていたものや忘れかかっていたものが表示されると便利だと思うであろう。本当に食べたいもの、飲みたいと思うものだけを勧めてくれて、そうでないものは表示しないでほしいと欲が深くなってくる。
このようなポップアップに対する利用者の反応を学習して、より正確に好みを把握していく、あるいは好みの変化などを捉えて行こうとするAIも開発されている。これらは何も味覚だけに限ったことではないが、このようなAIが開発されていけば、個々人を対象にするマーケティング手法であるOne to Oneマーケティングをより効率よく提供できるようになる。
ここに紹介したシステムは単に利用履歴を解析したものである。しかし、もっと科学的においしさを解析するAIもある。食べ物の味覚を醸し出す成分を分析し、それらと実際に食べた時の感じ方を蓄積したデータを組み合わせて、AIで「おいしさ」を測るようなことが実用化されてきている。これは味覚の成分や要素などの物理的要素と、料理に関する人の好みとの間の相関関係を明らかにしようとするものと言える。これまでは、シェフなどの長年の経験や勘に頼ってきたところである。
料理に対する好みは人によって微妙に異なる。もしこの味に関する物理的要素と人間の味覚の感じ方をモデル化するAI技術を一人一人に個別に適用すると、個人好みの味を選ぶことができるようになるであろう。個々人の好みに応じたレシピーを作ることもできることになろう。そのようなことができるようになれば、まさにグルメにとっては垂涎のAIと言えるだろう。
味覚の変化をフォローしていくAI
感性というのは簡単には変わらない普遍的な面もあるが、一方では微妙に揺れるところもある。人間は同じ飲料でも一緒に飲む相手や天候、心理状況で、おいしさの感じ方が異なる。同じカクテルでも、寒いアパートの片隅で、一人座布団の上で飲む場合と、しゃれた暖かいスナックで、恋人と並んでスツールに座って飲む場合では、おいしさの感じ方が異なるであろうことは容易に想像できる。このような様々な状況において飲んだ時のそれぞれの脳のデータを基に、異なる環境下で味覚や嗅覚に刺激を受けたときの脳の反応を解析するAIもある。
これを利用すれば、例えばお酒でも、飲んでいる場により適したものを提案できるとも考えられる。これに対して、「何を飲もうかと考えるのも、飲む楽しみのうち。それをAIに頼るなんて」といった意見もあろう。そのような酒談義はさておき、環境の変化に応じた消費者の味覚の変化を機敏に捉えて、食品の売れ行きを予測し、さらにそれと連動して仕入れ計画や生産計画を適切にすることにより、経営の改善に挑戦するAIの開発も進んでいる。これは売れ残りの食品を廃棄する食品ロスの問題も軽減するために、社会的価値も注目されると思われる。
例えば、コンビニの売り上げの中で、おにぎり、弁当やサンドイッチなどの食品の売れ上げはかなりの割合を占める。それが故に、扱う商品の種類が多く、かつコンビニのスペースはかなり限られているので、回転率をあげるため扱う商品も頻繁に変える。それに加えて、需要側も飽きも含めて、環境の変化にともなって味覚が時間的に変化するところに複雑さがある。これまでは食料品の仕入れ数の決定は担当者の経験に頼っていたが、この複雑さの故、実際の需要との誤差は看過できないレベルであった。
このような味覚の変化をAIで予測することができるようになった。その仕組は次のようになる。消費者の味覚は天候によっても左右されるので、まず天候と味覚の関係を把握する。そこに天気の予測データをとりいれることによって、仕入れの予測をする。さらに味も好みも地域や年代層間の違いもあるので、地域ごとの顧客層の利用時間帯の変化なども把握し、売れ筋の変化も捉える。味覚の変化が予想されたら、その変化によくマッチする食材やメニューをたくさんの候補の中から選び出す。
あるコンビニ大手でこのAIを使って、仕入れ数を決めたところ、実際の需要との誤差に3割程度の改善が見込めるようになったという。
{ブログの中のナビゲタ}このように感性の世界においてもAIの活躍はいろいろあるようですね。しかしながらAIが人間の感性に関するデータを学ぶためには、まず人間の感性というものが正確に読み取れなければならないことになります。一体、人間の感性をどのように大量に読み取ることができるのでしょうか。そこにおいてはよく情報通信の技術が使われます。「専門解説コラム:科学される感性」で短めに取り上げるので、よかったら覗いてみてください。
コメントを残す