第3章 知能とは何か

御曽崎の考える「知能」

 御曽崎は「AIとはなにか」という問いに対しては国語辞書に明快な答えを期待するのは難しいとしても、「知能とはなにか」という問いは、容易にその答えが見つかるのではないかと、広辞苑をめくってみた。そこには「知能」とは①知識と才能、とあるが、次に進めていくと、「才能」は才知と能力とあり、さらに「才知」は才能と知恵となって、「才能」は元に戻ってしまい、つかみどころがない。「知識」についてはそのようなたらいまわし的なことはないものの、英語のknowledgeに相当するものとして「認識によって得られた成果。厳密な意味では、原理的・統一的に組織づけられ、客観的妥当性を要求しうる判断の体系」と、なにやら難しい説明である。

これではだめだと思った御曽崎は自分の持つ「常識」で攻めることにした。知能とは、頭脳の知的な働きであろうから、日常「頭がいい」とか「頭が悪い」と言うときの頭に相当するのではないかと発想した。

では、日常生活では、何をもって「あの人は頭がいい」と言うのか。そう考えると、「頭がいい」とは、記憶力がいい、広い知識を持っている、論理的である、難しい話が理解できるなどが主に意味するところではないだろうか。同じような意味合いであるが「あいつは頭がきれる」となると、判断・回答・理解などが早い、発想・アイディアなどが豊かなどか。一方「お前は頭がわるいな」と言うときは、人の言うことが理解できない、すぐ忘れる、論理的に考えることが苦手などであろうか。知能とは、ここら辺のことを指すと考えても大きな間違いではないような気がした。少なくとも広辞苑の説明に大きく矛盾しないようなので、これで本当に十分であろうかという不安は残るものの、「これでよしとしよう」としたのが、この項のタイトルの、御曽崎の「知能」である。

知能を構成する「力」

{ブログの中のナビゲタ}この御曽崎の知能とは何かに関する考えは極めて素人的なものですが、皆さんはどのようなものと考えますか。難しい定義はともかくとして、人工知能について考えて行く上で、「知能」が何を意味するか、あるいは知能とはどのような範囲を含めるのかを、はっきりさせておくことは大切でしょう。
 現在のところAIが提供できる知能の範囲はまだまだ開発途上であるのに対して、人間の知能については、長い年月をかけて議論・研究・解析されてきており、それだけにその対象についていろいろな分類方法があります。専門的にはどのような考え方があるのか興味ある方は、「専門解説コラム:知能とは」を読んでください。

上で紹介した専門解説コラムに示したように、知能とは何かについては人によって視点も異なり、統一された考え方はないと言える。しかし一方では、知能とはなにかという土俵がしっかりしていないと、人工知能についてその能力や限界、課題などを検討していく上で、途中で混乱してしまう心配がある。

そこで上の専門解説コラムに示された人間の知能の分類方法の中から、AIの能力、あるいはそれと比較した人間の能力を考えていくための枠組みとして理解しやすいものを取り上げて、それに沿って知能とは何かを整理していくことにしよう。

すなわち、知能は記憶力、計算力などのいくかの「力」から成り立っていると言う考えに基づいて考察してみよう。実はこの知能をいくつかの「力」という要素に分けるという考え方も、各「力」のあいだに、相互に関連するところもあり境界がはっきりしない、すなわちそれぞれの「力」が独立しておらず、かつ知能を構成するための「力」が網羅的にリストされているのかも明確でない、という課題がある。にもかかわらず、この「力」で分ける枠組みは、以降本ブログでAIのこと、特に人間との比較を考えて行く上で、好都合な分類と思われる。

本書ではまずは、記憶力、計算力、検索力、思考力、認識力、創造力、理解力といった、AIと人間の知能を比較する上でキーとなりそうな「力」を取り上げて、これらについて少し整理していくことにする。さらにここではこれらの「力」のほか、やはり知能に大きな関わりを持つと思われる知識という要素も考えていこう。

  • 記憶力:人間の記憶のメカニズムはかなり複雑なものと考えられているが、AIの場合は記憶のメカニズムはシンプルである。記憶を留めておく場所の範囲については、人間の場合は脳の中とはっきりしているが、ネットワークを介して接続されたクラウド形式のAIの場合は、その範囲が漠然としてくる。
  • 計算力:数字を使った計算はすべて四則演算で実行され、計算力については人間もコンピュータも同じやり方で行っていると言える。
  • 検索力:検索には、自らが記憶している内容の中から、必要なものを必要な時に引き出してくる「内部検索」と、外部に保管されている情報を必要に応じて探してくる「外部検索」に分けることができる。
  • 思考力:何らかの目標があり、現状から目標に達するための方法を探しだす「問題解決」と、ある情報が与えられたとき、そこから何らかの結論を導く思考である「推論」に分けることができる。

前者には問題解決の過程を明示するための「問題空間」という概念がある。推論については、推論した結果がどの程度正確か、信用できるかが大きな課題である。また、推論の中には、個別の事象を最も適切に説明しうる仮説を導き出す論理的推論である「アブダクション」がある。

  • 認識力:画像や音声などの認識に焦点を当てて考えると、認識力とは外部から入ってくる情報を読み取る力と言える。外部から入ってくる情報を内部で処理できる形にすることと、内容を解釈することの二つが必要である。

人間の場合は脳がモデルを作ることによって実行されていると考えられている。一方、AIの場合はほとんど全て学習と統計的手法でなされている。

  • 創造力:これまでになかった新しい物や方法を考え出す力であるが、それは一見関係のなさそうな項目や、異なる分野の要素や概念を結合することによって生まれることが多い。創造は「目標状態」のない問題空間を歩むことによってできるという考えもある。

創造力に似た言葉に「想像力」があるが、この想像力は、心的な像、感覚や概念を作り出す能力で、人間が事物を理解するために使うものであるが、創造力、思考力、記憶力、検索力など複数の力が合成されたものと考えることができる。

  • 理解力:「理解」には大きく二つの意味がある。一つは、情報の意味を解釈することであり、もう一つは、人の気持ちや立場といった明示されにくいことが分ることである。

前者については、意味を解釈すべき情報としては言語によるものが圧倒的に多い。その場合、用いられている言語に関する知識のほか、書かれている一つ一つの文章(センテンス)の意味を正しく理解できる、そして文章全体(ドキュメント)を把握することも必要である。後者は言葉や顔の表情といった明示的な情報以外に、自分の知識や経験に基づき、想像あるいは推測の要素を使う必要がある。

組み合わせて使う「力」

 {ブログの中のナビゲタ}知能とは何かを考えるための方策として、知能をいくつかの「力」に分けてみました。しかし、これは多分に理屈上のことで、実際に知能を働かして何かをする時はどのようになるのか少し考えてみましょう。

知能を働かして何かをするには、ほとんどの場合ここで取り上げる「力」のいくつかを組み合わせて使うことになる。「花子さんは1個20円のキャンディ2つと、150円のジュース1つをかごに入れてレジに持って行き、200円を渡しました。おつりはいくらもらえばよいでしょう」という算数の問題を例にして考えてみよう。

まずこの問題が紙に書かれているならば、人間ならば目で読み、AIならば文字読み取り装置で読み込む必要がある。文字は記号の一種なのでそれを識別するためには「認識力」が必要になる。これによって文字が読めることになる。文字が読めたら文章の意味を知る必要がある。この例では、文章の意味を知るということは問題を理解することになるが、これは「理解力」によってなされる。問題が理解できたら次は答えの求め方を考える。これは「思考力」を使う。思考力によって答えの求め方がわかったら、数字を当てはめて具体的な答えを出す。そのためには「計算力」を使う。この間一時的にせよ「記憶力」も使う。

これは簡単な算数の問題の場合であるが、複雑な数学の問題でも同様である。そのような問題では例えば、微分・積分あるいは行列計算、複素数など、さらに複雑な関数や特殊な方程式など各分野で有効な独特の手法を使う。このような高度な数学を使う問題でも、問題を理解するところまでは、使う力は全く同じである。次に、何らかの方法を用いて問題の解を求めるためにどのような方法を適用したらよいかを考えるのは、算数の問題の場合よりかなり複雑ではあるが、やはり「思考力」の範疇である。

解を求めるために適用する数学的な方法を選んだ後、それに実際の数値をあてはめて答えを求める場合は「計算力」が必要になる。数値をあてはめるのではなくa,b,cやx,yなどの文字を使って方程式や関数などを展開していくには、引き続き「思考力」が必要であるが、「記憶力」も必要である。もし「もうそんなことはとっくに忘れてしまっているよ」ということならば、頭を絞って思い出すか、他人に尋ねるか、参考書や辞典などを使って探すことになり、これは「検索力」の範疇になろう。そして検索して得た情報を理解する必要がある場合は、「理解力」が必要となる。

このように一つの知的活動を実行するにも、ほとんどの場合、複数の力が関係しあう。

 ここまでが、知能を構成する「力」についてであり、最後にコンテンツとも言うべき知識についてまとめてみよう。

  • 知識:知能のうちコンテンツに相当するのが知識である。この知識は形式や伝達方法から、形式知と暗黙知に分けることができる。人間もAIも共に、形式知と暗黙知の双方を記憶し、使うことができる。

{ブログの中のナビゲタ}本章で知能についていくつかの「力」に分けて考えてみましたが、次章ではこれに沿ってAIの能力について考えていきます。それぞれの「力」について、まず特徴や種類などを分析し、どのような仕組みや原理を用いてコンピュータがこれらの力を持つことができるのかを明らかにしていきます。


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